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広島地方裁判所 昭和54年(ワ)970号

原告

本丸一栄

右訴訟代理人弁護士

鶴敍

右訴訟復代理人弁護士

小笠豊

被告

全国自動車交通労働組合連合会広島地方本部広島タクシー支部

右代表者執行委員長

佐島正記

右訴訟代理人弁護士

外山佳昌

山田延廣

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(申立)

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し労働契約上の権利を有することを確認する。

2  被告は原告に対し金四六七万三三一一円及びこれに対する昭和五四年一一月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は原告に対し昭和五四年一一月一日から毎月二六日限り金一一万七九五〇円を支払え。

4  被告は原告に対し昭和五四年一二月から毎年一二月二二日限り金二一万二三一〇円を、毎年七月一〇日限り金一七万四一五八円を支払え。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

6  2ないし4につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

(主張)

一  請求の原因

1  被告は株式会社広島タクシー及びその系列のタクシー会社に勤務する労働者で組織する労働組合である。

2  原告は昭和四六年一二月一日被告に雇用され、専従書記として主として会計・保険関係、慶弔、共済等を担当していた。

3  被告は原告が昭和五二年三月三一日限り退職した(或いは原告を解雇した)と称して、原告が労働契約上の権利を有することを争い、同年四月一日以降の給与等を支払わない。

4  原告の昭和五二年三月における給与は一か月一一万七九五〇円、毎月二六日払である。また、原告は、昭和五一年には夏期一時金として七月一〇日に一七万四一五八円、一二月二二日に二一万二三一〇円の支払を受けたので、昭和五二年以降も同様に支払われるべきである。

5  よって、原告は次のとおり求める。

(一) 原告が労働契約上の権利を有することの確認

(二) 昭和五二年四月一日から昭和五四年一〇月三一日までの給与及び夏期・冬期一時金合計四六七万三三一一円及びこれに対する支払日の後である昭和五四年一一月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払

(三) 昭和五四年一一月一日から毎月二六日限り一一万七九五〇円の給与、毎年一二月二二日限り二一万二三一〇円の冬期一時金、毎年七月一〇日限り一七万四一五八円の夏期一時金の支払

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の内、原告の給与額、昭和五一年の夏期・冬期一時金の支払日、金額は認めるが、その余は争う。

三  抗弁

1  原告は、昭和五二年三月二四日被告の委員長に対し「今月いっぱいで辞めさせていただきます。」と述べた(以下、本件発言という)。これは雇用契約の解約告知であるから、同月三一日の経過により雇用契約は終了した。

2  右が雇用契約の合意解約の申込であるとしても、被告は同月二八日右申込を受理したので、合意解約が成立し、同月三一日の経過により雇用契約は終了した。

3  仮に解約が無効であるとしても、被告は五二年一〇月一五日原告に対し懲戒解雇する旨の意思表示をした。

(一) 労働組合の書記は組合執行部と一体となって組合活動を実践するという特殊性から組合執行部との間に特に緊密な信頼関係を必要とし、その業務遂行も組合の機関決定に則り個々の組合員に対し公平中立をもって行なわれることが特別に要求される。ことに被告の如く書記が一人の場合、書記の言動が直ちに組合執行部、組合活動の一環とみなされるため、書記には特に慎重な行動が要求される。

昭和五一年一一月開催の被告の定期大会において、従来の賃上げ闘争重視から福利厚生の改善、教宣活動の充実等へ活動方針を転換し、広島タクシー系列下のタクシー労働者の統一を促進することが決議され、その中心的役割を果したのが川西書記長であった。原告の夫茂(被告の組合員であったが、その後別の組合を結成して脱退した。)は右決議に反対し、原告も右活動方針に不満を抱いていた。原告は、組合書記の立場にありながら、従前から組合活動に干渉し、或いは中立性を害するような態度をとっていたが、右決議後は組合執行部、特に川西委員長に反感を抱き、次のような言動をとるに至った。

(1) 組合運営を阻害する行為

原告は執行部に反対するグループ等と合して執行部、特に川西書記長を攻撃するため書記として職務上知り得た事実を殊さら歪曲したうえ、右グループに宣伝した。そのため組合内部に執行部不信が醸成し、執行部と組合員との間に不協和が生じた。

(イ) 川西書記長が昭和五二年二月二六日所用で外出した際、新車登録費用の支払日であることを思い出し、原告に電話して組合費から一時立替えてくれるように依頼したところ、原告は現金がないと虚偽の報告をしてこれを拒否したうえ、右グループに川西は組合費を私用している旨流布した。

(ロ) 執行部らが組合業務のため喫茶店で飲食し、或いは執行部が活動費を自弁した後に組合経費として支払請求したことについて、公金を使って飲食している等と虚偽の事実を宣伝した。

(2) 業務の中立性を阻害する行為

(イ) 原告は、昭和五〇年ころから自分が支援する特定グループ、特定人に対しては、規約上一か月に一度しか貸付けのできない特別相互会普通貸付を二度貸付けたり組合の物品を供与したりした。

(ロ) 原告は、新労(当時の広島タクシー労働組合)に対して敵対意識を露骨に示し、同労組からの連絡事項の報告を殊さら怠ったり厚生活動においても同労組員を殊さら差別した。

(3) 職務怠慢

原告は、常日頃から執行部に対し忙しいを連発し、職場組合員に不満をもらすばかりでなく、書記業務の遂行に三役の手助けを借りたうえ、被告が物品販売など新しい厚生部活動を依頼しても業務多忙を理由にこれを拒否し続けた。

(二) 組合執行部は、団結を維持強化する職責を有することから、原告の反省と協力を得て解決するべく度々原告に対し態度を改めるよう説諭し、昭和五二年三月一九日には書記局会議を開き、原告の不満を聞くなどした。しかるに、原告は、同月二四日辞職の意思表示をして説諭に反発する態度をとり、被告の慰留に応じないばかりか、一部組合員に対して執行部より退職を強要されたとか解雇された等と虚偽の事実を述べたうえ、地位保全仮処分事件においても同様の主張を繰返した。

(三) そこで、被告は原告を懲戒解雇した。仮に懲戒解雇に該当しないとしても普通解雇としての効力がある。(尚、被告には就業規則はないが、使用者は固有の権限として懲戒権、解雇権を有する。)

三  抗弁に対する答弁

1  抗弁1の内、原告が本件発言をしたことは認めるが、それは解約告知の意思表示ではない。原告が右発言をした経緯は次のとおりである。

(一) 原告は昭和五二年三月一五日及び一九日に川西書記長と佐島委員長から、組合執行部内部の事柄を外部に漏らすとか忙しい忙しいと不平を鳴らすといったことで厳しく問責され、解雇の不安を感じ、心理的に追い詰められた状態にあった。

(二) 同月二四日朝、佐島委員長が原告の側で一か月分の活動報告書(組合員が組合活動をして会社から賃金カットを受けた際、組合が賃金補償をする資料となるもので、毎月二〇日締切となっている。)をまとめて書き始めた。原告は、活動報告書を受け取った後、時間の記載間違い等を調べたうえで時間単位によって賃金補償を計算し、銀行から金を出して各人別に封筒に入れ、各人の飲み代の引き去り等の作業をしなければならない。賃金補償は二六日にすることになっているので、二四日に活動報告書をまとめて出されると、原告は右の作業を二五日のみでしなければならなくなる。

(三) このような状況の中で、原告は佐島委員長が嫌がらせをしているものと感じ、とっさに本件発言をしたが、一時の感情から出た言葉であって真意によるものでも確定的になされたものでもなく、辞職の意思表示とは言えない。

2  同2の内、被告が受理したことは否認する。

3  同3の内、被告から解雇の意思表示があったことは認めるが、解雇事由及び効果は争う。

(一)の(1)につき、組合内部に執行部不信が醸成されたのは執行部の堕落ぶりと指導者としての不適格性によるものであって、原告の言動とは関係がない。また、一時的にしろ組合資金を書記長個人の使途にあてようとすること自体不当・違法なことであり、日常的に組合の金と個人の金とを区別していなかったことがうかがわれ、執行部こそ反省すべき事柄である。

(一)の(2)の(イ)につき、二度貸は規則違反ではあるが、従前からも、また原告が執務できなくなってからも慣行的に行なわれており、原告は要請があれば副委員長などの執行部に対しても行なっていた。同(ロ)は争う。

(一)の(3)につき、物品販売に書記の手を煩らわさないという申し合わせがあったし、原告は勤務時間中に処理できないときには自宅に持ち帰って事務処理をしており、職務怠慢はない。

(二)につき、原告が一部組合員に退職を強要された旨述べ、仮処分事件で同様の主張をしたことはあるが、その余は否認する。

(三)につき、被告には就業規則がなく、就業規則に基づかない懲戒解雇は無効である。また、懲戒解雇ができないなら普通解雇するという無効行為の転換は認められない。

四  再抗弁

1  心裡留保による無効

(一) 原告は三月一九日被告委員長、書記長から問責された夜、夫と話し、また宮本春枝に電話し、辞めさせられそうだとの不安を訴え、いずれも辞めないで頑張るように励まされており、また、家庭の事情からも辞められる状態ではなかった。従って、原告の本件発言は真意に基づくものではない。

(二) 被告の佐島委員長ら三役は原告に辞職の意思のないことを知っていたか知り得べき状態にあった。即ち

(1) 宮本春枝は三月一九日佐島委員長に「本丸さんが辞めさせられそうだと言っているが、本人は辞めたくないんだからそんなことをしないように」と電話で話した。

(2) 原告は、同月二五日か二六日、佐島委員長から「辞める辞める言いさんな。辞めて行く所があるのか」と聞かれ、「行く所もないし、やっぱり辞めまいと思う」と答え、同月二八日、佐島委員長から「あんた本当に辞めるの」と聞かれ、「やっぱり辞めません」と答えた。

(三) 従って、本件発言が辞職の意思表示であるとしても、無効である。

2  錯誤による無効

懲戒解雇されると誤信し解雇を避けるためにした退職の意思表示は錯誤により無効と解されるところ、原告は三1に記載のような状況から辞めさせられるのではないかと不安に思った末に本件発言をしたのであって、動機に重大な錯誤があり、動機は黙示的に表示されていたものとみるべきであるから、要素の錯誤にあたるものとして無効である。

3  退職届の不提出

(一) 退職という重大な事柄については、単に口頭で述べただけでは真意を期し難く、被用者の地位は著しく不安定となるから、退職の意思表示は書面による届がなければ有効に成立しないと解すべきである。

(二) 株式会社広島タクシーの就業規則二一条には従業員が自己の都合により退職しようとするときは退職届を提出し許可を得なければならないと規定されている。被告には就業規則はないが、書記の退職に関して、従前から右会社の退職届用紙を利用して届を出し、会社の事務職員に準ずる扱いがなされていたから、右就業規則が準用され、或いは慣行的に退職届の提出が退職の意思表示の有効要件になっていたものと解される。

(三) 従って、本件発言のみでは、退職の意思表示としての効力を生じないものと解すべきである。

4  意思表示の撤回

原告の本件発言が退職の意思表示として有効だとしても、それは雇用契約の合意解約の申込みであり(労働者は使用者に対し単独行為である解約告知をすることもできるが、それは慰留されても辞めるという確定的意思でなされた場合に限られるものと解すべきである。)、受理されるまで撤回することが許されるところ、原告は前記四1(二)(2)のとおり三月二五日か二六日及び同月二八日に辞職の意思表示を撤回した。

仮に原告の本件発言が解約告知と解されるとしても、使用者が確定的に受理し、後任の採用などの手続に着手するまでは撤回が認められるものと解すべきである。

五  再抗弁に対する答弁

1  同1の(一)は争う。原告は三月一五日から二四日まで夫や前原将士、宮本春枝らに十分相談しており、本件発言は単に辞めるというだけでなく、今月いっぱいと期限を設定し、会計監査が受けられるように二月分の帳簿整理を済ませておきたいと述べているのであって、これらの事情に照らすと本件発言は慎重熟慮の末になされた真意のものとみられる。同(二)は否認する。

2  同2は争う。

3  同3は争う。同(一)は争う。同(二)の内、被告に就業規則がないこと及び広島タクシーの就業規則二一条の内容は認めるが、広島タクシーの就業規則が準用されることはない。従前、広島タクシーの退職届用紙を使った退職届が提出されたこともあるが、それは書記の制服、社会保険が右会社から貸与されていたので、その返還手続のために右会社に提出していたものである。

4  同4は争う。退職の意思表示は単独行為であるから直ちに効力を生じ、撤回できない。仮に合意解約の申込みであるとしても、被告が正式に受理をした三月二八日までに原告がそれを撤回したことはない。

(証拠)…略

理由

一  被告が株式会社広島タクシー及びその系列のタクシー会社に勤務する労働者で組織する労働組合であること、原告が昭和四六年一二月一日被告に雇傭され、書記として勤務してきたこと、原告が昭和五二年三月二四日被告の執行委員長に対し「私、今月いっぱいで辞めさせていただきます。」との本件発言をしたことは当事者間に争いがない。

二  まず本件発言について検討する。

1  (証拠略)、原告本人尋問の結果によると

(一)  昭和五二年三月一五日被告の川西書記長が原告に対し、(1)川西書記長になってからいずみ(喫茶店)によく行く、その金を組合で出している等と組合員に言ったのではないか、(2)忙しい忙しいと何故組合員に言うのか、一日の仕事内容及びその量、一か月の仕事内容及びその量はどうなっているのか、そんなに忙しいのなら組合員の応対等は三役でするから三時以降会議室か収納室に行って仕事をしたらどうか等の話をしたこと、その話しぶりは威圧的なものではなかったこと、これに対し原告は「私は精いっぱいやっている。仕事の件は会議をして下さい。」と申し出たこと、川西はそれについては佐島委員長から話があるだろうと答えたこと、被告においても書記局会議を開く予定であったことから、佐島委員長が原告に当日開催の意向を伝えたが、原告の仕事の都合で同月一九日に会議を開くことになったこと

(二)  原告は右の川西書記長の話を自己に対する問責であると受取って辞めさせられるのではないかとの不安を感じ、同日、夫の茂(当時、被告組合員)から電話があった際に同人に、また翌一六日宮本春枝(昭和五一年三月まで被告の書記として勤務していた)に電話し、その旨を告げたこと

(三)  三月一九日書記局会議を開くとして、被告から佐島委員長、川西書記長(副委員長は欠席)と原告が集まったこと、そこでは(1)被告の側で原告は忙しい忙しいと言うが、毎日の仕事の内容及びその所要時間、一か月の各時期の仕事内容及び繁閑の時期はどういう状況か、組合員の応対等で仕事ができないのなら三時以降会議室にでも行って仕事をしたらどうか、組合の三役で協力できる部分は協力する等の話をし、原告は精いっぱいやっておりこれ以上できないとの発言をしたこと、また、佐島委員長から「いろいろなことが組合から漏れる」との指摘がなされ、例えばどんなことかとの原告の質問に対し、川西書記長の自動車の頭金の件(二月二六日川西が所用で外出した先から原告に電話して自動車販売会社から頭金を取りに来たら立替えておいてくれと依頼したこと)の話があり(原告も他に話したことを認めた。)、組合事務所で知った事項を外に流さないようにとの話がされたこと、続いて川西から「今後もこういうことがあったら辞めてもらうようになる。」旨の発言があり、原告は「わかりました。しかし聞かれたらよう黙っておらん」との話をしたこと

(四)  原告は、右の集まりを会議というより自分に対する厳しい問責であると受取り、辞めさせられるのではないかとの不安を増し、同夜、夫にその旨を伝え、夫から頑張るようにと励ましを受けたこと

(五)  三月二四日午前九時ころ、組合事務所に佐島委員長、川西書記長と原告がおり、勤務を終えて仮眠をしていた原告の夫も来合わせカウンターの外の長椅子で新聞を読んでいたが、佐島が活動報告をまとめて書き始めたのを見た原告が突然、佐島及び川西に対し本件発言をしたこと、活動報告書は組合活動をして賃金カットされた分を組合において補償する際の資料となるもので、執行部の承認を受けた組合活動であるか否かをチェックするために活動後三日以内に提出することが大会決議され(現実には必ずしも遵守されていなかった。)、二六日に補償することからその後に原告の担当する仕事等の時間を見込んで毎月二〇日過ぎには提出されるのが通例であったこと、原告は佐島が二四日になってまとめて書いているのを見て、一五日及び一九日の件を合わせ、二五日だけで自分にその仕事をさせようとする嫌がらせであると感じ本件発言をしたこと(もっとも二四日は一か月の内で比較的暇な時期であり、他の仕事があるとはいえ、活動報告書をまとめて出されても、そのために原告の事務が支障を来たすという程のものではない。)、これに対し、佐島も川西も、また原告の夫も何も言わず、しばらくして原告が「それで二月の帳簿の整理だけにかからせて下さい。」と述べたこと、やがて原告の夫は何も言わないまま退室し、川西も「簡単な仕事はわしがするけ」と言い残して退室したこと

(六)  同日夜、夫から「どうして辞めると言ったのか、働らかなきゃいけないのに」と尋ねられ、原告は「とっさに言ってしまった」と答え、両名は今後の対応を話し合った結果、いずれ慰留があるだろうからその時に辞めるとの発言を撤回すればよいということに落ちついたこと、また原告は宮本春枝にも電話して経過を報告したこと

(七)  三月二五日川西書記長が原告に賃金補償の仕事をするように言ったのに対し、原告は「帳簿の整理をしなければいけないので、それはできません。」と答えたこと、但し、原告は川西書記長の書いて置いていった書類に目を通し、誤まった部分を訂正したこと

以上の事実が認められ、(証拠判断略)、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

2  右認定の事実によると、本件発言は、原告が事前に熟慮し、或いは夫と相談のうえ辞職を希望してなしたものとは認め難いけれども、意思表示としての効果を持たない単なる感情の表現と認めることはできず、辞職したい旨の意思表示と認めるのが相当である。

三  再抗弁について検討する。

1  心裡留保の主張についてはこれを認めるに足りる的確な証拠はない。(かえって、前認定の本件発言に続く原告の帳簿の整理だけにかかりたい旨の発言及び二五日の原告と川西書記長との話に照らすと、原告の本件発言は真意であったと認めるのが相当である。)

2  錯誤について

前認定の事実に照らすと、原告は辞めさせられるかもしれないとの不安を感じていたが、それは「今後こういうことがあったら辞めてもらうようになる」との警告に対応する程度のものとみられ、それが本件発言の動機と認められるかは疑問であり、また動機が黙示的にせよ表示されたことを認めるに足りる証拠はない。

3  退職届の不提出

辞職の申出は労働者にとっても、また使用者にとっても重大な事柄であるから、その意思を明確にするためにも書面をもってするのが通例であり望ましいとも言えようが、特にそのような定めがない限り、書面によらなければならないと言うべきものでもない。そして、被告に就業規則がないことは当事者間に争いがない。

原告は、被告の書記は株式会社広島タクシーの就業規則(これが退職届を要求していることは当事者間に争いがない。)に準じ、従来から退職に際して書面を提出しており労使の慣行になっていた旨主張し、(証拠略)にはそれに沿うかのような記載がある。

しかしながら、(証拠略)によると、被告の書記の内、被告宛に退職届を書したのは名越重雄が便箋に書いた一例だけであり、宮本春枝らが広島タクシーの退職届用紙に記載した例があるが、これは会社宛のものであり、被告では書記が押印しているのみで執行部が押印する欄もなく、会社では健康保険証の返還をチェックして押印し、会社が保管していること、これは被告の書記が会社の事務員と同じように会社の健康保険に便宜的に加入していること等の関係で会社に対して提出されているものであることが認められ、(証拠判断略)、他に右認定を覆えすに足りる的確な証拠はない。

従って、右の事実をもって、被告において会社の就業規則に準じ退職届を出すことが労使の慣行になっていたことは認められず、まして、書面によらない辞職の意思表示が効力を有しないと言えないことは明きらかである。

四  ここで本件発言の性質について検討する。

1  労働者から辞めるとの意思表示がなされた場合、それが使用者に対する一方的な意思表示である労働契約の解約告知であるのか、使用者の承認を得て労働契約を終了させる合意解約の申込みであるのかは、それ自体で明白とは言い難い(それは口頭によると書面によるとを問わない。)。それは当事者の言動等により判断されることであるが、労使関係は信頼の重視されるべき継続的契約関係であり、一般的には労働者は円満な合意による退職を求めるし、使用者も同様であると推測されること(本件においても、後記のとおり、被告は原告の申出を受理するとの対応をしている)等を考慮すると、労働者が使用者の同意を得なくても辞めるとの強い意思を有している場合を除き、合意解約の申込みであると解するのが相当である(その場合でも、まず合意解約の申込をし、同意が得られないときには解約告知をする意思とみられることもある。)。

2  これを本件についてみるに、本件発言は原告が自己において辞職の時期を指定し、そのために以後帳簿整理の仕事だけにかかりたいとの意思を表明する等、一見すると右にいう強い意思を有している場合に該当するかの如くである。しかしながら、前認定の本件発言に至る経緯及びその後の原告の意思等に照らすと、原告は感情的なものが加わって右のような発言に至ったこと及び書面を書いていないことで軽く考えていたふしもうかがえることが認められるので、被告の承諾を得られなくても辞めるという程の確定的な強い意思であったと認めるには疑問が残る。また、被告が原告の本件発言に対して受理するという対応をしたことは原告の申出が被告の対応(承諾)を期待していたものとみることも可能である。

3  そうすると、本件発言は合意解約の申込と認めるのが相当であるから、被告が承諾して初めて解約の効力が生ずるものであり、承諾がなされるまで、信義に反すると認められるような事情がない限り、原告は辞職の申出を撤回し得るものと言うべきである。

五  そこで承諾及び撤回について検討する。

1  (証拠略)、原告本人尋問の結果によると、三月二八日午後三時ころ、被告の佐島委員長、仏円副委員長、川西書記長は、ときわタクシー(広島タクシーの系列会社)の安村定から仏円に組合三役が原告を辞めさせようとしているとの話があったということから相談した結果、原告の辞めたいとの申出を受理することとしたこと、そこで午後四時ころ、原告を会議室に呼び、仏円が原告に対し、安村に右のような話をしたのかと尋ねたところ、原告はそれを否定し、安村さんを呼んで下さいと求めたが、川西書記長がこの前注意したばかりなのにと前置きしたうえ、二四日の辞職の申出を受理すると伝えたこと、原告はこれに対し「はい、わかりました」と答えたこと、が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

2  そこで、右の受理の前に原告が辞職の申出を撤回したかを検討する。

(一)  原告は、三月二五日か二六日に佐島委員長に対し撤回の意思表示をしたと主張し、原告本人尋問の結果及び(証拠略)にはこれに沿う供述があり、(証拠略)及び証人宮本春枝、同前原将士の各証言中には原告から右撤回した旨を聞いたとの供述がある。

しかしながら

(1) (証拠略)によると、本件紛争は昭和五二年七月ころ原告が地位保全の仮処分を申請して以来、本件発言のあったことは争いがなく、その撤回の有無が重要な争点であったにも拘らず、右申請を却下した広島地方裁判所(原告は二八日の撤回を主張したが否定された)及び原告の抗告による広島高等裁判所の抗告審(撤回の主張は右と同じで、それが認められた)では二五日か二六日の撤回は主張されず、右裁判所での仮処分異議訴訟において、宮本春枝が二五日か二六日に撤回したとの話を原告から聞いたと証言したことから、原告は以後その主張をし始め、原告本人としてその旨の供述をするようになったこと、従って本件発言に起因する紛争に近い時期(昭和五二年七月ころ)に仮処分申請のため書かれた陳述書(原告のみならず、夫の本丸茂、前原将士の各作成にかかるもの)また原告、本丸茂らの一審及び抗告審における審尋調書、仮処分異議訴訟における右宮本証言以前の供述において右撤回は触れられてないこと、本訴は仮処分異議訴訟の係属中に審理が始まったが、本丸茂は証人として三月一五日から二八日までの出来事について原告から聞いたことを含め日を追って供述しているのに右撤回に何ら触れてないことが認められ、これに反する証拠はない。

右のように撤回の主張がなされるに至った経緯が不自然であると言わざるを得ず、その点について首肯できる説明がない。

(2) 原告と前原将士は撤回した日或いは今日撤回したとの話を聞いた日を二五日か二六日か明白でないとし、宮本春枝は二六日(土曜日)であったという(証人宮本の証言)が、同日は前原のタクシー乗務日であるところ(証人前原将士の証言)、前原が自家用車で来て二時間くらい喫茶店で話したとの宮本証言は疑問となる。

(3) このように、二五日か二六日に撤回したとの原告本人尋問の結果、その旨を聞いたとの証人宮本春枝、同前原将士の各証言及び(証拠略)の記載は、供述の経緯に疑問があり、その内容も明確でなく、かつ(証拠略)の記載に照らして措信できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

(二)  また、原告は三月二八日に撤回したと主張し、原告本人は、同日昼前、組合事務所に出て来た佐島委員長から本当に辞めるのかと尋ねられ辞めないと答えた(その時、川西書記長は労働金庫へ出かけていた)旨供述している。

しかしながら、(証拠略)、原告本人尋問の結果によると、

(1) 同日、佐島は川西らとともに午前七時三〇分ころからビラ配布等の活動をした後、午前九時ころ組合事務所に来て昼ころまで居り、昼ころ事務所を出たこと

(2) 同日午後四時ころ、前記のとおり、組合三役から会議室に呼ばれて安村定に話したのではないかと尋ねられた際、原告はそれを否定し「それなら安村さんを呼んで下さい」と要求したのに(従って、その場は原告が言いたいことを言えないような雰囲気でなかったこと、また、前記のとおり、原告は一五日川西から仕事の話をされたときに「仕事のことは会議を開いて下さい。」と言い、二五日に他の仕事をするように言われて「帳簿の整理をしなければいけないので、できません」と言うなど、被告の役員に対しものが言えないような人物ではなかったことがうかがわれる。)、辞意を撤回したと述べることなく「わかりました」と言ったこと

が認められ(これを覆えすに足りる証拠はない)、右事実及び(証拠略)の記載に照らすと、佐島委員長に辞めないと述べた旨の原告本人尋問の結果及び(証拠略)の各記載は措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(三)  従って、原告が本件発言後、被告が受理するまでの間に辞意を撤回したことを認めるに足りる証拠はない。

3  そうすると、原告と被告の雇傭契約は、原告の本件発言による申込を被告が受理したことにより昭和五二年三月三一日限り終了したものと認められる。

六  よって、原告の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷岡武教)

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